7月25-26日、米国が対イラン攻撃を停止したことで、ホルムズ海峡の航行再開に向けた外交的な出口が意識され、原油市場の過熱感は一時的に和らいだ。しかし、この緩和は一時的な現象にとどまり、紛争の再拡大やエネルギー供給・世界経済への波及に対する警戒感そのものは解消されていない。
警戒感が完全には解けない背景には、イラン・ウクライナ両情勢に起因する供給混乱を受けて、世界各地の現物市場ですでに価格上昇が顕在化しているという事実がある。ドバイ原油のスポットプレミアムやWTIのプロンプト・スプレッドは、こうした物理的な需給の逼迫度を測る代表的な指標であり、これらが高止まりしていること自体が、外交面の緊張緩和だけでは市場心理が完全には和らがない一因になっていると考えられる。
結果として、WTIは90-80ドルのレンジ内で上値を試す底堅さを維持しており、市場は緊張緩和と再上振れリスクの双方を意識しながら値動きを形成している。
外交面の緊張緩和と現物指標の高止まりという、方向の異なる二つの材料が同時に存在する局面では、どちらか一方の変化だけで相場の基調が決まりにくい。この均衡が崩れる方向性を見極めることが、当面の焦点になると考えられる。
7月に入ってから、CFTCの投機筋動向で目立つのは、ポジションの量そのものよりも質の変化である。アウトライトポジションの規模自体は大きく動いていないにもかかわらず、大口ポジション保有主体の数を示すTrader数(CFTCへの報告義務を持つ大口ポジション保有主体の勢力数)は、ここ数週間、買い方の増加という形で推移した。
この種の変化を理解する上で手がかりになるのが、ロール・イールドという収益構造である。先物カーブが期近ほど価格の高いバックワーデーションを形成している局面では、保有中のロングポジションを次の限月へ乗り換える(ロールする)たびに、より安い価格で建て直すことができ、これが単なる保有コストではなく収益として作用しうる。この便益の有無が、新規の買い方が市場に参入するかどうかを左右する判断材料の一つになりうる。
同時に、7月初旬にかけてはスプレッドの増加も観測されており、これも参加者の判断軸が変化している証左といえる。単一限月の方向性に賭けるアウトライトポジションではなく、限月間の価格差そのものを捉えるスプレッド取引(ベーシス取引)へと、資金の一部が向かっている。
金利急騰に伴うマージンコールの発生が起点であった。追加担保の負担が調達コストを押し上げ、最終的にポジションの強制的な解消へとつながった、いわば外生的なショックによる縮小であった。
外生的なショックではなく、バックワーデーション環境そのものが復元し、ロール・イールドという内生的な収益機会が戻ってきたことによる資金移動だと考えられる。
アウトライトポジションの量に先行してTrader数とスプレッド構成が変化している事実は、参加者の広がりを伴う地合いの転換が、方向性を伴うポジション量の変化に先んじて進行している可能性を示している。
限月間のスプレッドには、性質の異なる二種類が存在する。第1限月と第2限月の価格差であるプロンプト・スプレッドは、直近の局所的な需給ショックに敏感に反応するため変動が大きい。一方、第1限月と第13限月等の価格差である長期スプレッドは、より緩やかな需給観測を反映するため変動が小さい。この性質の違いゆえ、プロンプト・スプレッドの動きだけを見て曲線全体の期間構造を判断することはできず、両者の連動性を個別に確認する必要がある。
この観点から現在の曲線を見ると、直近数か月とは明確に異なる展開が生じている。6月時点では、期近のスプレッドがコンタンゴに接近し、長期の逆ザヤ幅も5〜6月のピーク水準からかなり縮小していた、という評価だった。それが7月には一転し、プロンプト・スプレッドは強い逆ザヤを再び形成している。
再度、長期側の曲線を確認しても、方向性は短期側と一致している。長期カーブもまた強気の逆ザヤを維持しており、期近・期先の別を問わず、曲線全体が同じ方向を向いていることが確認できる。
本来ボラティリティの高いプロンプト・スプレッドの動きだけを見て市場全体の方向性を判断すると、局所的な需給ショックへの反応を過大評価するおそれがある。ただし今回は長期カーブも同じ方向を示していることから、期近の変動が短期的なノイズにとどまらず、より広い期間構造の変化として現れている可能性がある。
2026年7月のWTI原油市場は、外交面での緊張緩和と、なお解消されない供給不安との間で、90-80ドルのレンジ内で上値を試す展開となった。この均衡だけを見ていると方向感に乏しいが、市場参加者の側では、アウトライトポジションの量に先行してTrader数の増加とスプレッド取引への資金シフトが進行しており、ロール・イールドの便益回復という構造的な動機がその背景にあると考えられる。
先物カーブも、期近・長期を問わず逆ザヤを強めており、供給フローを巡る綱引きとは別の軸で、価格の底堅さを支える方向に働いている。
当面は、外交面の緊張緩和、現物需給の逼迫、そして先物カーブの逆ザヤという、震源の異なる三つの力学が、たまたま同じ方向を向いている局面が続くと考えられる。ただし、これらは元来独立した力学であるため、いずれか一つが反転すれば、他の二つとの整合性が崩れる可能性もある。市場は再度の上振れリスクとともに、この均衡が崩れる兆候にも目を配る必要がある。